文学作品の良さ

文学作品の良さ

文学作品の良さ

三島由紀夫の小説と戯曲を読むことになりました。

文学好きの彼氏と付き合うことになり、話のネタに読んでおくことにしたのです。

三島由紀夫の戯曲を上映した戯曲は、お客が入らないことで有名だったそうです。

隙の全くない、文学性の高い作品だったため、生前は評価されなかったと言われています。

小説も読みましたが、高尚で、娯楽性が少ない印象を受けました。

しかし、小説のなかの小説を読んだというか、本物の小説に出会ったと素人でも思いました。

三島由紀夫の作品は、戦後の日本文学に多大な影響を与えたと言われています。

あまりにも早い死に、未だに「なぜ早死したんだ」と死を悼む人が多いのも納得です。

小説をあまり読まない私にも良さが伝わってきました。

30歳近くになるまで読んだこともなかったので、学生時代に読んでおくべきだったなと思いました。

三島由紀夫は、書き始める前に緻密な構成をしてから小説を描き上げたそうです。

天才と評される表現の裏には、人知れない努力があったんだなと感じました。

作家のなかにはノープランで書き始める人も多いそうですが、一流と呼ばれる人は凄まじい努力をします。

吉川英治の原稿は、推敲だらけでボロボロになっていたと言います。

何度も何度も推敲することで、より良い表現や描写を探していたのかもしれません。

今まで純文学という部類はほとんど読みませんでした。

本は好きなのですが、評論やノンフィクションが好きなのです。

しかし、人に薦められて自分では絶対に読まない作品に出会うことができました。

シェイクスピア全集を読み進めています。

シェイクスピアは生真面目な作品かと思っていましたが、奇想天外な着想で言葉遊びの宝庫でした。

日本でいうところのダジャレであふれています。

シェイクスピアは戯曲を書いていますから、お客さんに劇場に観に来てもらわないといけません。

ダジャレがあることで、お客さんをぐっと惹きつけているのでしょう。

多くの人に時を超えて愛されているシェイクスピア作品だけあります。

高尚な文学作品は読後感は良く、シェイクスピアのような戯曲は読んでいて惹きつけられます。

文学を避けて通ってきましたが、なかなかいいなと思うようになってきました。

今、話題のブログ

今、ブログで話題になっている「本の書き出し」というサイトがあります。

その名の通り、本の書き出しの一行をまとめたサイトです。

本の書き出しは不思議な魅力があると感じました。

たったの一行であっても、続きが読みたくなってしまうのです。

一行しか載っていないからこそ、この後はどうなるんだろう?という妄想ばかりが膨らんでいきます。

「本の書き出しは筆者が全力で考えた命の断片」とサイトには書いています。

命の断片とは、このサイトから伝わる書き出しの魔力を的確に伝えています。

私は小説をほとんど読みません。

そんな私であっても、思わず気に入った書き出しの本を買おうとしています。

命の断片を見せられて、作者の命そのものともいえる作品を全部読みたくなったのです。

このサイトの心にくいところは、自分で書き出しを投稿できるところにあります。

書き出しに魅了され、目で書き出しを追っているうちに自分のお気に入りの本がないことに気づきます。

「あの本の出だしがないなんて・・!」とがっかりする必要はないのです。

閲覧する側の心理をとことんつかんだサイトなのです。

そもそも新宿の紀伊国屋本店で開催された企画をサイト化したようです。

TwitterなどのSNSですでに話題になっており、本に馴染みのなかった人もサイトを訪れています。

携帯電話・スマホ・PCの普及により、読書は廃れてきているとされています。

けれどもこのサイトを見ると、不思議と秋の夜長に読書をしてくなってしまいます。

電子書籍のサイトと対応しているので、ブックリーダーで名作を読んでみたくなります。

ちなみに私のお気に入りの書き出しは、風の又三郎です。

風はピューピューという擬音で書かれがちです。

しかし、それに比べて風の音や様子がありありと浮かぶこの言葉のセンスは、手放しに賞賛したくなります。

「どっどど どどうど どどうど どうど」

小学校の時に読んだ宮沢賢治の童話を今、改めて読み直したくなりました。

今、読めば、また新たな感想を覚えることでしょう。

読書の魅力を短い書き出しで伝える「本の書き出し」オススメです。