ほろほろじゃなければ何て言う?

ほろほろじゃなければ何て言う?

ほろほろじゃなければ何て言う?

それがどんなものかと尋ねたら、「『ほろほろ』としか表現できない」との答え。よし来た。それなら私は他の言葉で表現してやろうじゃないの。みんながみんな、同じ表現の仕方ならつまりません。何においても、それぞれの感じ方があるものです。

たとえば、夜空のお星さま。大半の人はその輝き方を「キラキラ」と表すことでしょう。でも中には、「ギラギラ」や「ピカピカ」と表現する人もいるはず。レパートリーの少ない私はこのくらいしか思いつきませんが、もっと豊かな感性を持った方はもっと違った言葉を使うかもしれません。

今度は私が尋ねられる番。「どう?」という問いに私の口を衝いて出た言葉は「ほろほろしてる」その瞬間、「しまった」と思いました。でも、時既に遅し。一度出してしまった言葉は、二度と引っ込めることなどできません。

「そうでしょう。やっぱりほろほろでしょう」と、相手はどこか満足げ。だからなおさら、ちょっぴり悔しかったり…。

普段はあまり勝ち負けにこだわらないくせに、こんなところで悔しさを感じる自分が嫌になります。しょーもないところでしょーもない悔しさを感じる、しょーもない自分。

『ほろほろホリック』

それこそが、ついさっきまで「ほろほろとだけは言うまい」と誓っていた私に、いともたやすく「ほろほろだ」と言わさせたものの名前です。周りのチョコレートはカリッと、中のクッキーはほろほろ崩れる不思議なお菓子。

ほろほろホリックのもとになっているのは、ポルポローネだと聞いて納得です。確かにこのほろほろ具合は、ポルポローネ。ポルポローネがチョコレートでコーティングされたような感覚ですね。

ちなみに、ホリックとは「~に夢中」という意味。最初は「何がほろほろホリックだ…」と思ったけれど、今ではほろほろ食感に夢中な私。

脱毛|名古屋エリア

標準体重のナゾ

よく日本人女性は痩せすぎだと言われます。確かに欧米諸国に比べると貧相な体つきの女性が多いですが、一方でそれを美しいと評価する人がいるのも事実です。痩せている

ことが美しいこと、という概念がいつの間にかインプットされてしまうのですね。特に中学生や高校生の多感な時期は自分のスタイルが嫌で無理なダイエットをした、という

経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。

私は昔から虚弱体質で、食べたくても食べられないタイプでした。運動部に入ってから改善されましたが、それまではひょろひょろで貧弱で、親も心配しきりでした。

ある程度食べるようになってからは体重も身長も人並みになったのですが、今でも標準体重を超えることはありません。それを友人に言うと「嫌味か!」といわれますが、

私は女性のプニプニした二の腕や腰周りに憧れますし、グラマラスな人を見ると「いいなあ」とつぶやいてしまうほどです。

結局はないものねだりなわけですが、標準体重を超えていないからといって決して「ガリガリ」なわけではないのです。本当に、至って普通。むしろ私を標準にしても

いいんじゃないか、と思うぐらいの体型なのですが、標準よりもマイナス5キロなのです。こうなると何をもって「標準」なのか、その基準が怪しく感じられてしまいます。

恐らくですが、標準体重まで増やしたとすると顔なんかはアンパンマンになってしまいそうな気がするのです。

なんでも基準値を作るのが好きな私たち日本人ですが、なぜそれが決められたのかという理由までは追求しませんよね。でも考えたらおかしいものって結構あると思うんです。

数字は安心できるひとつの要素ですが、自分の感覚というのも大切にしないといけないなと思うのです。なんでも基準任せではそのうちジーパンが入らなくなるような

気がするのですが・・・大切なのは数字よりもどう見えるか、ではないでしょうか。